女優として大人気の吉岡里帆さんの、小学校から大学までの学歴を調べてみました。
さらに吉岡里帆さんの知られざる学生生活や人気女優になるまでの下積み生活なども深掘りしています。
この記事を読むことでより吉岡里帆さんのことをより好きになれますよ!


目次
吉岡里帆のプロフィール!
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- 名前(本名):吉岡里帆
- 生年月日:1993年1月15日
- 身長:158㎝
- 体重:非公開
- 血液型:B型
- 出身地:京都府京都市右京区

吉岡里帆の出身大学:京都橋大学文学部日本語日本文学科書道コース(3年生まで在籍→他大学へ転学)

- 出身大学:京都橋大学文学部日本語日本文学科書道コース3年生まで在籍→他大学へ転学(非公開)
- 偏差値:42.5 【引用元:みんなの大学情報】
- 所在地:京都府京都市山科区大宅山田34
- 共学・別学:私立共学
- 入学:2011年4月(3年生まで在籍も他大学へ転学し、卒業はせず)
- 主な卒業生:橋本 小雪(芸人/日本エレキテル連合)
吉岡里帆は大学に書道を学ぶために進学も演劇の世界に興味!
吉岡里帆さんは、2011年4月に京都橘大学文学部日本語日本文学科書道コースに進学します。



吉岡里帆さんは、大学入学直後の18歳の時、嵐山でアルバイトをしていました。
その際に「8時間空を見上げる体力がある子はいないか」と声をかけられたそうです。

それは、映画「天地明察」にエキストラとして参加する仕事で、吉岡里帆さんはそのまま撮影所に行き、町娘の格好をして8時間も空を見上げるだけの撮影に参加しました。



その時、吉岡里帆さんは映画作りの現場に初めて触れ、「あの時の衝撃が今でも忘れられなくて。大勢でものを作るっていうこととエンターテイメントを届けるっていう裏側には、こんなに多くの人の労力と熱が注ぎ込まれているんだ」と強く感じ、感動したそうです。
18歳の時、嵐山のアルバイト先で「8時間空を見上げる体力がある子はいないか」と声を掛けられ、映画のエキストラとして撮影に参加。「(撮影所に行ったら)まさに撮影がスタートしだして、気付いたら町娘の格好をしていて」と振り返った。 8時間ただ空を見上げるだけの撮影だったが、吉岡さんは「あの時の衝撃が今でも忘れられなくて。大勢でものを作るっていうこととエンターテイメントを届けるっていう裏側には、こんなに多くの人の労力と熱が注ぎ込まれているんだ」と感動したという。
【引用元:MANTANWEB】
そしてこの、映画の撮影現場で出会った同志社大学の演劇部の学生にチケットを貰い、演出家・つかこうへいさんの舞台を見に行ったそうですが、吉岡里帆さんは、その舞台に感動します。
「演劇ってなんて素敵なんだろう!」と思い、それまでは書道関連の仕事に就きたいと思っていましたが、演劇の世界に強い興味を持ち、その道に進みたいと考えるようになります。
吉岡 私が、(女優という)このお仕事に「夢」を持ち始めたのは、大学時代に初めて観た演劇がきっかけでした。大学に入学してすぐのころ、エキストラとして映画の撮影に参加したことがあるんですが、そこで学生演劇をやっている方と知り合って公演のチケットをいただいて観に行ったことが、人生の転機となりました。その舞台に心を掴まれて、演劇ってなんて素敵なんだろう! と感動したんです。それまでは書道関連の仕事に就きたいと思っていた私の人生が、演劇との出合いによって大きく変わりました。
【引用元:Fany Magazine】

初舞台でいきなり主役を演じる!
演劇の世界に強い興味をもった吉岡里帆さんは、映画の撮影現場で知り合った、同志社大学の友人に誘われて18歳の時に小劇場の舞台に立ちます。
そこで演じたのが、劇作家・唐十郎の「吸血姫」という作品で、いきなり主役を務めました。

難しい物語と役柄で、通常の状態が崩壊するような不思議な感覚があったようで、そこから、吉岡里帆さんはさらに演劇の世界にのめり込んでいきます。
18歳の時に、同志社大学に通っている子たちに誘ってもらって、小劇場で主人公を演じたんです。それが唐十郎さんの「吸血姫」という演目で、すごく難しい物語と役柄だったのですが、そこで内面が割れるじゃないですけど、通常の状態が崩壊するような不思議な感覚に陥って、そこから演技にのめり込みました。
【引用元:ザテレビジョン】
夜行バスで京都東京を行き来する下積み時代!バイトも掛け持ち!
演劇の世界にのめり込んだ、吉岡里帆さんは東京の俳優養成所に通い始め、京都での大学生活と東京でのレッスンを両立させるという多忙な日々を送ります。
―― その後、東京の養成所に通われるじゃないですか。なんで東京だったんですか。
吉岡 それはすごくシンプルな理由なんです。やっぱりどのテレビ観ても、どの映画館に行っても、東京で作られているものばかり。京都のエキストラも続けてたんですけど、やっぱり東京いかないとだめだなという感じはすごくあって。
【引用元:文春オンライン】
なお当時の吉岡里帆さんは新幹線を使う余裕がなかったため、夜行バスで京都と東京を行き来し、オーディションを受けては深夜バスで帰る生活が続いたようです。

ちなみに、吉岡里帆さんは居酒屋やカフェ、歯科助手、ホテルなど多くのアルバイトを掛け持ちし、必要なお金を稼いでいました。

社長に直談判し20歳で念願の事務所へ!
養成所で「埋もれてしまう」と感じた吉岡里帆さんは、20歳の頃、養成所の方に頼み、養成所と関係のあった事務所の社長と会えることになりました。
そして、吉岡里帆さんは「ここの看板女優になるから、お願いだから私を今すぐここの事務所に入れて下さい」 「めちゃくちゃ働くから、仕事をください」と直談判します。
その熱意が認められついに念願だった事務所「A-Team.lnc」に入ることができました。
吉岡 養成所には何千人と所属生が全国から来ていたんです。だから、このままでは、埋もれてしまって抜け出せないということに2年目くらいに気がついて。それで、当時担当してくださっていたマネージャーさんというか、管理人さんみたいな人に、なんとか俳優を育ててくれるような事務所に入りたい、養成所と連結していたA-Teamのマネージャーさんに会わせてもらえないかってお願いして。(中略)ついに社長に直談判できる時が来て「ここの看板女優になるから、お願いだから私を今すぐここの事務所に入れて下さい」って。 ―― おぉ、すごい! 吉岡 「めちゃくちゃ働くから、仕事をください」ってお願いをしました。事務所には正式に入れたんですけど、それが20歳の時だったと思います。
【引用元:文春オンライン】


2015年に関東の大学へ編入!大東文化大学編入は誤報!
なお、2015年6月に、吉岡里帆さんは東京での仕事が増えたことに伴い、大学3年生で関東の大学に編入、東京での芸能活動に専念することを決意し、その後大学卒業しています。
編入した大学は非公開で詳細不明ですが、大学入学が2011年でしたので、女優と書道の勉強の両立が大変だったことが想像できます。

グラビアの仕事で脚光を浴びる!
事務所入所後は、吉岡里帆さんは動揺はしましたが、グラビアの仕事も引き受けました。
グラビアの仕事に対して吉岡里帆さんはやればやるほど、やりがいを感じるようになり、現在ではグラビアの仕事をさせてもらったことを感謝し、あの時間がなかったら今の自分はないとも思うようです。
初めてグラビアのお仕事を頂いた時は、その瞬間は確かにやったことないし、やる予定もなかったので、動揺したんですけど、でもやっぱりやればやるほど、やりがいを感じているんです。(中略)グラビアの仕事をさせていただいたことは今でも感謝してるし、あの時間がなかったら今の自分はない。そのぐらい、やってよかった仕事だと、胸を張って言えます!
【引用元:文春オンライン】
ただ、一部で「グラビアが嫌だった」と誤解されることもありましたが、これは完全なる誤解です。
なお、「A-Team.lnc」は2024年4月に芸能関係業務を停止し、吉岡里帆さんは2025年現在芸能事務所「フラーム」に所属しています。

4月1日、芸能プロダクション『A-Team』(エー・チーム)が芸能関係業務を停止すると公式サイトで発表した。それにともなって、所属タレントの吉岡里帆や臼田あさ美、酒井若菜が退所。
【引用元:週刊女性PRIME】
吉岡里帆さんは22歳の頃に上京し、女優としてのオーディションに落ち続けますが、グラビアで脚光を浴び始めます。
NHKの朝ドラに出演し女優として脚光を浴びる!
グラビアで脚光を浴び始めた吉岡里帆さんは、2016年に製作された映画「星を継ぐ者」の主演に起用されます。

ただ同じ2016年、NHKの連続テレビ小説「あさが来た」のヒロインのオーディションで最終選考まで残ります。
ヒロインは残念ながら女優の波瑠さんに決まりましたが、吉岡里帆さんもスタッフの「この子を使ってみたい」という要望があり、ヒロインの友達役である田村宜役を演じることが決まりました。


その後の吉岡里帆さんは連続ドラマに出演や映画に出演し、女優としての地位を確立していきます。

吉岡里帆の出身高校:京都市立嵯峨野高校

- 出身高校:京都市立嵯峨野高校
- 偏差値:61〜71 (コース不明)京都コスモス科人間科学・自然科学系統共修(71)/ 京都コスモス科自然科学系統専修(71)/ 普通科(61)【引用元:みんなの高校情報】
- 所在地:京都市右京区常盤段ノ上町15番地
- 共学・別学:公立共学
- 入学:2008年4月
- 卒業:2011年3月
- 主な卒業生:伊吹 文明(政治家/元財務大臣)、松原 千明(女優、タレント)
京都市立嵯峨野高校の進学・合格実績
京都市立嵯峨野高校の令和5年度の合格実績は国公立大学は既卒生も含めて217名で、内訳は京都大学25名、大阪大学25名などです。
私立大学の合格実績は同志社大学161名、立命館大学294名など、難関大学への合格実績が多数あります。


吉岡里帆の出身高校はアクシデントで判明!

吉岡里帆さんは、京都市立嵯峨野高等学校に2008年に入学します。

高校名は吉岡里帆さんは公表していませんでしたが、おおさかシネマフェスティバルで主演女優賞を獲得した際に司会者から「京都出身。嵯峨野高校でしたっけ」と言われて高校が判明しました。
吉岡里帆さんはこの時に「高校バラしちゃうんですか」と驚いていました。
映画「ハケンアニメ!」で主演女優賞に輝き登壇した際、司会の浜村淳から「京都出身。嵯峨野高校でしたっけ」と問いかけられて「高校バラしちゃうんですか!?」と驚く一幕があった。週刊誌記者が語る。
【引用元:アサ芸プラス】

勉強する意味に悩んだ高校時代!
吉岡里帆さんは高校に入っても、音楽を続け、軽音楽部に所属しています。
クラスメイトから「軽音楽部、一緒にやろう」と誘われたようです。
中学と同様にアルトサックスを担当し、「さくらん」という映画のタイトルから、「さくらん」というガールズバンドを結成します。
ただ全く活動はしていなかったとのことです。
吉岡:私、実は高校1年のときかな。クラスの女の子に「軽音楽部、一緒にやろう」って誘われて。蜷川実花さんの『さくらん』って映画があって、「すごい好き!」って話をしていたんです。ちょっと和風で、イケテル曲みたいなのができたらいいねって。丸パクリで「さくらん」ってグループ名で1回メンバーになったことがあるの。ちなみに中学のときに、アルトサックスを吹いていて、「里帆はアルトサックス吹いてくれたらいい」って言われていて(笑)。そこからまったく活動しなかったです。
【引用元:J-WAVE】
その後、ソフトボール部のマネージャーを務めましたが、こちらも長く続けず、吉岡里帆さんは勉強に専念し、アルバイトをしながら将来のために貯金をしていたそうです。
ただ、勉強漬けの毎日で、授業がはじまる前から学校で自習したり、放課後も大学進学のための特別授業に参加していました。
吉岡里帆さんはその生活を息苦しく感じ、「大学に進学する以上の目標が見つからなくて。自分は何に向かって勉強すればよいのか苦しみ、悩みました」と当時を振り返っています。
「勉強をするのは自分のため。それは分かっていたのですが……」。勉強漬けの毎日に息苦しさを感じていた。「大学に進学する以上の目標が見つからなくて。自分は何に向かって勉強すればよいのか苦しみ、悩みました」
【引用元:高校生新聞オンライン】


修学旅行にパスポート紛失で参加できず
ちなみに、吉岡里帆さんは、高校の修学旅行でシンガポールやマレーシアに行く予定でしたが、出発の前日にパスポートを無くしてしまい、修学旅行には参加できなかったという少し悲しいエピソードがあります。
修学旅行は4泊5日で、「絶対2日目でも3日目でも行くから」と行く気満々でしたが、家中全部探しても見つからず、結局1日も参加できませんでした。
というのも「高校の修学旅行に行きそびれてるんです。パスポートなくして…」と悔しい過去を語り始めた。(中略)ところが、出発前日にカバンチェックをした際、パスポートがないことが判明。「4泊5日の旅だったんですけど、“絶対2日目でも3日目でも行くから”って友だち、先生に言ったんですけど、家中全部ひっくり返したけど出てこなくて行けなかった…」と悔しそうに振り返った。
【引用元:スポニチアネックス】


吉岡里帆の出身中学校:京都市立嵯峨中学校

- 出身中学校:京都市立嵯峨中学校
- 所在地:京都市右京区嵯峨新宮町63-2
- 共学・別学:公立共学
- 入学:2005年4月
- 卒業:2008年3月
- 主な卒業生:大八木 淳史(元ラグビー選手)、細川 凌平(プロ野球選手)
吉岡里帆の中学時代は吹奏楽部!

吉岡里帆さんは、2005年に京都市立嵯峨中学校に入学しました。
どこの中学を卒業したかを公表していない芸能人の方も多いですが、吉岡里帆さんは、公表しており、嵯峨中学校の創立50周年記念式典では、吉岡里帆さんが卒業生としてサプライズビデオレターを送っています。
そして最後に,嵯峨中学校卒業生で現在芸能活動をされている吉岡里帆さんからのサプライズビデオレターをいただき,第3部の閉幕となりました。
【引用元:京都市立嵯峨中学校】
そんな母校愛溢れる吉岡里帆さんの中学時代は映画「スウィングガールズ」に感動し、その影響もあり吹奏楽部に入部しました。


担当した楽器はアルトサックスで、小学生の頃から続けていた書道と共に、吹奏楽にも一生懸命取り組みました。

なお、吉岡里帆さんは吹奏楽部にいる時に「周りを聴くこと」という言葉を学びました。

15歳で初彼氏!その後は彼氏が途切れていない?
吉岡里帆さんは小学生の頃から映画やドラマ好きでしたが、中学生の頃は木村拓哉さん主演の「HERO」と中谷美紀さん主演の「ケイゾク」というドラマに熱中しました。

さらに、フジテレビ系の恋愛バラエティー番組「あいのり」もよく見ていたようです。

そんな吉岡里帆さんですが、フジテレビ系の『ダウンタウンなう』出演の際、15歳の時に初めて彼氏ができたことを明かしています。
「昨年11月に出演した『ダウンタウンなう』(フジテレビ系)での吉岡さんの発言がマズかったみたいです。坂上忍さんから恋愛について聞かれた彼女は『恋愛はしてきました。15歳の時に彼氏ができて』と正直に答えたのですが、それがネットで爆発的に拡散してしまった。
【引用元:アサ芸】

ただこの15歳の時に初めて彼氏ができた発言が、「15歳から男が途切れたことがない」と吉岡里帆さんが発言したという風に誤解され、ネット上で拡散されました。
それによりアンチなどから反感を買いましたが、吉岡里帆さんがそのような発言をしたことはなく完全なる誤報です。

吉岡里帆の出身小学校:京都市立広沢小学校

- 出身小学校:京都市立広沢小学校
- 所在地:京都市右京区嵯峨広沢西裏町25
- 共学・別学:公立共学
- 入学:1999年4月
- 卒業:2005年3月
- 主な卒業生:特になし
吉岡里帆の小学生時代の夢は書道家!人前に出るのが苦手な少女だった

吉岡里帆さんは京都市立広沢小学校に通っていました。

吉岡里帆さんの小学生時代は体が弱く、性格は大人しかったようです。
そんな吉岡里帆さんですが小学生低学年の頃は、テニスをしていましたが、体の弱さのために医師から止められてしまいます。
そして、小学校2年生の頃から書道を習い始め、書道に夢中になり、小学生の時の夢はプロの書道家でした。



なお、吉岡里帆さんは子どもの頃からおとなしい性格に加えて、人前に出ると緊張してしまうタイプでした。
そのため、学芸会でも舞台に立つ感じではなく、一人で集中できる書道をずっと習っていました。
小学生のころは人前に出ると緊張しちゃって、学芸会でも舞台に立つ感じではなかったです。好きだったのは静かな空間。一人でコツコツ没頭できる書道をずっと習っていました。
【引用元:女性自身】

小学生時代は大人しい性格も恋愛は積極的!?
吉岡里帆さんの小学生時代は、大人しい性格でしたが、恋愛には積極的な部分がありました。
お笑いコンビ「ネイビーズアフロ」のはじりさんと吉岡里帆さんは幼稚園が一緒で、小学校は別々でしたが、当時の吉岡里帆さんは、はじりさんに恋心を抱いていました。

そして小学3年生だった吉岡里帆さんは、バレンタインデーにネイビーズアフロはじりさんの家にチョコレートを渡しにいき、「好きです」と書かれた手紙も一緒に渡しました。


ただ、ネイビーズアフロはじりさんは「小学生なので恋愛とかダサいと思ってたんで返事せずにありがとうみたいな感じで。お返し持って行ったけど会えずにポストに入れました」と曖昧な感じになったことをテレビ番組内で語っています。
そして「一応まだ返事はしてないので告白された状態。僕がOKするか振るか」とも述べています。


なお、その時の思い出として、ネイビーズアフロはじりさんは「その手紙はもうないけど、一緒に撮ったチェキ(写真)はまだ家に残っている」と話しています。

お笑いコンビ「ネイビーズアフロ」の、はじり(30)の過去に驚きの声をあげた。 京都出身のはじりが「幼稚園が一緒で小学校が別々やったんですけど、小3のバレンタインデーに僕の家に吉岡里帆さんがチョコを持って来てくださって。手紙と一緒に“好きです”と」と吉岡里帆との“つながり”について語り、「その手紙はないんですけど、一緒に撮ったチェキは家に残ってて、大人になって吉岡里帆さんがテレビでその時の話をされてて、“あれが初恋やった”って」と吉岡もテレビで初恋の相手として語っているとした。 ただ、「小学生なので恋愛とかダサいと思ってたんで返事せずにありがとうみたいな感じで。お返し持って行ったけど会えずにポストに入れました」と当時を回想。「一応まだ返事はしてないので告白された状態。僕がOKするか振るか」とボケて笑いを誘った。
【引用元:スポニチアネックス】
ちなみに、吉岡里帆さんもテレビでネイビーズアフロはじりさんが初恋の相手だったことを明かしています。
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子供の頃の大切な時間は家族で見る映画!
父親は映像会社を経営しており、土日も多忙のため、吉岡里帆さんが子供の頃、遠出することはあまりありませんでした。
そういう事情もあり、父親が帰宅した後に一緒に「金曜ロードショー」や「ゴールデン洋画劇場」を観たり、ドラマを観ることが、家族の大切な時間でした。
吉岡 うちは父親がすごく忙しい人だったので、土日にディズニーランドに行くとか温泉に行くとか、そういう休日があまり過ごせなかったんです。その代わり、夜にお父さんが帰ってきたら一緒に『金曜ロードショー』や『ゴールデン洋画劇場』を観たり、ドラマ観たりするのが、家族で過ごす大切な時間だったんです。家族ってもちろん世代はバラバラだけど、それでも一緒に楽しめるからいいですよね。家族が仲良くいられるためのツールだったかもしれないです。
【引用元:文春オンライン】
なお、吉岡里帆さんは、小学生時代から小説や映画が大好きな子どもで、その中でも「マルホランド・ドライブ」という映画が特に大好きでした。



弟にビンタされるも口喧嘩が強かった小学生時代!
吉岡里帆さんは子供の時はすごく口喧嘩が強いタイプでした。
吉岡里帆さんが小学生の時に弟とテレビゲーム「桃太郎電鉄」をしていると、喧嘩になり、口論になりました。
そこで吉岡里帆さんが口喧嘩が強かったため、弟は思わず姉をビンタしてしまったそうです。
吉岡のビンタ経験は、きょうだいゲンカの末の出来事だという。「弟がいるんですけど、小学生の時に忘れもしないケンカがありまして…」と前振り。「『桃鉄(桃太郎電鉄)』を2人で(やっていた)」と明かすと、スタジオにはほっこりした笑いが起きた。二宮も「桃鉄はケンカになるからね」とうなずいていた。吉岡はプレーをめぐって弟とのケンカが起きたという。「私は子供の時は、凄く口ゲンカが強いタイプ。弟は口ゲンカが強い私に、カッとなって、手が出るタイプで、その時にビンタされたのを覚えています」。しかも、「取っ組み合いになったんですけど、その後。必ずビンタはされたと思う」と明かしていた。
【引用元:スポニチ】

吉岡里帆の幼少期と家族構成!父親は経営者で母親は美人!
吉岡里帆さんは、1993年1月15日に京都市右京区の太秦で誕生しました。
母親は成人の日に吉岡里帆さんを産んであげたいと無理をして、1月15日に産んでくれたとのことです。



そんな吉岡里帆さんの家族は、父親・母親・祖母・3歳下の弟の5人家族です。
吉岡里帆さんの父親の職業はテレビや映画の制作に携わっており映像会社を経営、母親はアパレル関係の仕事をしています。
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そして弟はコック見習いを一時期しており、そのときに顔写真が公開されています。
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吉岡里帆さんの幼少期は家族が映画や舞台好きだった影響から、吉岡里帆さんはそういうものに触れることが多かったそうです。
そして生まれが京都ということで、歌舞伎や日本舞踊や古典も好きでした。
ただ映画や舞台なのに出る女優という夢は幼少期のころはなかったとのことです。
吉岡里帆(以下、吉岡):そうですね。うちは父も母も祖母も映画や舞台が好きで、小さい頃から触れることが多かったんです。生まれが京都なので南座で歌舞伎とか、あとは日本舞踊や古典も好きで、偏ることなくいろいろ好きでいられたのは家族のおかげですね。地元に好きな落語家さんがいて、その人の寄席にも通ってました。でも、仕事にしたいっていう意識が生まれたのは遅かったです。 実家が太秦(うずまさ)で東映も松竹も近くて、ちょんまげの人がお昼ご飯を食べるのにうろうろしてたりとか、映画を撮影してる風景が日常でしたね。
【引用元:日刊SPA!】
吉岡里帆の学歴(大学・高校・中学・小学校)
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年度(年齢) | 学歴・経歴 |
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1993年(0歳) | 京都市右京区太秦うずまさで生まれる。母親が成人の日(1月15日)に合わせて出産を調整。 |
1999年(6歳) | 京都市立広沢小学校に入学。 書道を習い始め、小学校2年生から本格的に取り組む。プロの書道家を目指すように。 |
2002年(9歳) | バレンタインデーにお笑いコンビ「ネイビーズアフロ」のはじりさんにチョコを渡す。これが初恋と後に語る。 |
2005年(12歳) | 京都市立広沢小学校を卒業。 書道で8段を取得。書道の道を真剣に考え始める。 |
2005年(12歳) | 京都市立嵯峨中学校に入学。 映画『スウィングガールズ』の影響で吹奏楽部に入部し、アルトサックスを担当。 |
2008年(15歳) | 中学3年生の時に初めての彼氏ができる。テレビドラマ『HERO』『ケイゾク』に熱中する。 |
2008年(15歳) | 京都市立嵯峨中学校を卒業。 高校受験を経て京都市立嵯峨野高校へ進学。 |
2008年(15歳) | 京都市立嵯峨野高校に入学。 軽音楽部に所属し、ガールズバンド「さくらん」を結成するが解散。ソフトボール部のマネージャーも経験。 |
2010年(17歳) | 高校2年の修学旅行でパスポートを紛失し、旅行に参加できず。 |
2011年(18歳) | 京都市立嵯峨野高校を卒業。 書道家を目指し、京都橘大学文学部日本語日本文学科書道コースに進学。 |
2011年(18歳) | 映画『天地明察』のエキストラに参加し、映画制作に感動。演劇に興味を持ち、同志社大学の演劇公演を観劇し夢を抱く。 |
2012年(19歳) | 京都と東京を夜行バスで往復しながら俳優養成所に通う。居酒屋や歯科助手など複数のアルバイトを掛け持ち。 |
2013年(20歳) | 養成所で演技を学び、直談判して芸能事務所「A-Team」に所属。グラビアなど幅広い仕事をこなす。 |
2015年(22歳) | 京都橘大学から関東の大学に編入。 東京での芸能活動に専念。 |
2015年(22歳) | 映画『明烏』でヒロインに抜擢。監督の福田雄一氏の前で堂々と演技し即決。 |
2016年(23歳) | NHK連続テレビ小説『あさが来た』に出演し、田村宜役で注目を集める。 |
2016年(23歳) | CM「ゼクシィ」で8代目CMガールに選ばれ、全国的に知名度が上昇。 |
2017年(24歳) | 映画『劇場版 名探偵コナン から紅の恋歌』でゲスト声優を担当。 |
2018年(25歳) | TBSドラマ『きみが心に棲みついた』で主演を務め、女優としての地位を確立。 |
2024年(31歳) | 所属事務所「A-Team」が芸能業務を停止。新たに「フラーム」へ移籍。 |
現在 | 女優、CM、バラエティ番組で幅広く活躍。映画やドラマ、舞台など様々な分野で活躍中。 |